大雨の夜、アンダーパスに入った瞬間に前が見えなくなり、エンジンが止まる。水はドアの下まで来ていて、じわじわ上がってくる。この記事は、その数分間に何を、どの順番でやれば車から出られるかを、JAFの実測データにそって水深ごとに書いたものです。
結論を先に言います。水がドアの下に来たら、車を捨てて人だけ出る。窓は電気が生きているうちに開ける。ドアは水深60cmで開けるのに通常の5倍の力が要り、パワーウインドウは水深1mで止まります。車の中にある物でガラスは割れません。順番を知っていれば、判断は3つだけです。
私は防災士として、JAFのユーザーテスト(水没・ドア・窓・冠水路走行)、国土交通省の冠水対策の資料、内閣府の台風19号の検証報告をもとにこの記事を書きました。数字はすべて公的機関と業界団体の実測値です。読み終わる頃には、「うちの車で、水がここまで来たら何をするか」が水深の順番で頭に入ります。
全体地図|水深と、車に起きること
| 水深の目安 | 車に起きること(JAF実測) | やること |
|---|---|---|
| タイヤの半分(約30cm) | 走れる。ただし水しぶきがエンジンルームに入り始める | 引き返す。この先に入らない |
| ドアの下端〜60cm | セダンは時速10kmで31m走ってエンジン停止。ドアは開くが5倍の力が要る | 車を止めて、すぐ降りる |
| ドアノブ付近(80〜90cm) | 窓もドアも開きにくくなる。一気に沈んだ車は90cmで窓もドアも動かない | 窓から出る |
| 1m | パワーウインドウが止まる。ライトが消え、ワイパーが勝手に動く | ハンマーで横の窓を割る |
| 車内に水が入り、外と同じ高さ | 水圧の差が消えて、ドアがまた開く(セダンは130cmで開いた) | 息を吸って、足で押し開ける |

表の左から右へ進むほど、選べる手が減ります。だから結論は「早く降りる」の一言になります。順番に見ていきます。
段階⓪|水に入る前。深さの分からない道に入らない
車の水没のほとんどは、「入ってしまってから」ではなく「入る前」に決まります。夜の雨の中で、水たまりの深さは見えません。手前で浮いているごみや、先に止まっている車があれば、それが深さの合図です。
いちばん危ないのは、線路や道路の下をくぐるアンダーパスです。周りより低いので、排水ポンプの能力を超えた雨は全部ここにたまります。国土交通省の集計では、アンダーパスは全国に約3,700か所あります(2025年3月末時点)。各地方整備局が「道路冠水注意箇所マップ」を公開しているので、通勤路にアンダーパスがある方は、雨の日ではなく晴れた日に1回だけ見ておいてください。
「うちはSUVだから大丈夫」とは言えません。JAFの冠水路走行テストでは、水深60cmをセダンが時速10kmで走ると31mでエンジンが止まりました。同じ水深でSUVは時速10kmなら走れましたが、時速30kmに上げるとわずか10mで止まりました。原因は、巻き上げた水が空気の取り入れ口からエンジンに入ることです。車高より速度のほうが効いています。冠水路で「勢いをつけて抜ける」は、いちばん早くエンジンを止める運転です。
運転中の判断全般は、車の運転中に大地震が起きたらの記事も同じ考え方で書いています。「車は道具で、守るのは人」です。
段階①|エンジンが止まった瞬間にやる3つ

水の中でエンジンが止まったら、かけ直そうとしないでください。やることは順番に3つです。
1. シートベルトを外す
JAFも各メーカーも、最初の手順はここです。あわてている時ほど、ベルトをしたまま窓に向かってしまいます。外れない時は、脱出用ハンマーに付いているカッターで切ります。
2. 窓を開ける。電気が生きているうちに
ドアより先に窓です。JAFのテストでは、セダンのパワーウインドウは水深90cmまで動き、1mで動かなくなりました。水が上がってから開けようとしても、スイッチは反応しません。窓を開けておけば、ドアが開かなくなっても出口が残ります。空気の入口にもなります。
3. 降りる。水がドアの下のうちに
水深30cmなら、ドアはすぐ開きます。60cmになると、セダンでも開けるのに通常の5倍近い力が要り、開くまで24秒かかりました。ミニバンのスライドドアは、男性の力でも外から開きませんでした。「まだ膝の下だから」と車内で様子を見ている10分が、この差を作ります。降りたら、車の屋根に上るか、来た方向へ戻ります。
後ろの席に子どもがいる場合の順番は、公的な手順に書かれていません。ここは私の提案です。大人が自分のベルトを外し、後ろの窓を先に開けてから、子どものベルトを外す。理由は、窓が動く時間が限られているからです。子どもを抱えたまま窓を開けようとして、その間に電気が落ちる形をいちばん避けたい。
段階②|ドアが開かない理由と、窓から出る
ドアが開かないのは、壊れたからではありません。外の水が内側より高いあいだ、水圧がドアを押しているからです。だからJAFの結論は「車内外の水位の差が小さくならないとドアは開けられない」でした。

この差は、沈み方で正反対の結果になります。じわじわ増水したセダンは、車内にも水が入って差が縮んだため、水深130cmでもドアを開けて脱出できました。一方、一気に沈む想定でクレーンから降ろされたミニバンは、水深90cmの時点で運転席ドアもスライドドアもパワーウインドウも動きませんでした。川や海に落ちた時、崩れた道路から転落した時は、こちらの形です。
車の中の物では、ガラスは割れない
窓も開かない時は、ガラスを割ります。JAFが実際に試した結果はこうです。
| 試した物 | 結果 |
|---|---|
| ヘッドレスト(外して金属の棒で) | 割れない |
| 小銭を入れたビニール袋 | 割れない |
| スマートフォン | 割れない |
| ビニール傘 | 割れない |
| 車のキー | 割れない |
| 脱出用ハンマー(3種類) | 3種類とも割れた |
「ヘッドレストで割れる」という話を聞いたことがあるかもしれません。テストでは割れませんでした。代わりになる物は車内にありません。専用のハンマーがあるかないかで、この段階の結果が決まります。
割るのは横の窓。前の窓は割れない
フロントガラスは、2枚のガラスの間に樹脂の膜をはさんだ「合わせガラス」です。ぶつかっても粉々にならないように作られているので、ハンマーで叩いてもヒビが入るだけで穴は開きません。割るのは運転席か後席の横の窓です。ガラスの角に近いところを、ハンマーの尖った側で突きます。
注意が1つあります。水面がすでに窓より上にある時に割ると、ガラスと水が一気に車内へ入ります。日産の案内でも、けがの恐れがあると書かれています。割るなら、水面より上に出ている窓を選んでください。
最後の手。水が入るのを待って、押し開ける
窓が開かず、ハンマーもない。その時に残る手は、車内に水が入って外と同じ高さになるのを待ち、水圧の差が消えた瞬間にドアを押し開けることです。JAFの案内では、大きく息を吸い、足に力を込めて一気に押すと書かれています。怖い手順ですが、セダンの実測では水深130cmでこれが通りました。息が続く時間の勝負なので、ドアの内側に足をかけて、開ける方向を決めておきます。
自分の車の横の窓が「割れないガラス」かは、今日分かる

ここが、ハンマーを買っただけでは足りない点です。JAFも日産も、最近の車種では前席の横の窓にも合わせガラスを使うものがあると書いています。合わせガラスの窓は、ハンマーでも割れません。
見分け方は日産の公式案内に2つあります。1つは、窓を半分下げて、ガラスの断面を上からのぞくこと。2枚が貼り合わさって見えれば合わせガラスです。もう1つは、窓の隅にある刻印です。「Eマーク」なら右上に「XI」か「V-XI」、「JISマーク」なら右に「L」とあれば合わせガラスです。運転席の窓が合わせガラスなら、割るのは後席の窓かリアの窓になります。ハンマーを置く場所も、それに合わせて決めます。駐車場で1分で終わる確認です。
段階③|車の外に出たら。戻らない
窓から出たら、まず車の屋根に上ります。JAFの案内でも、窓が水面より上にある状態なら屋根に上るように脱出すると書かれています。屋根は周りより高く、見つけてもらいやすい場所です。
屋根から降りて歩く時は、来た方向、つまり水が浅かった方へ戻ります。流れがある時は、流れに逆らわず、斜めに岸へ向かいます。膝の高さの流れは、大人でも足を取られます。歩く時の判断は、水害で孤立したらの記事の「出ない・上へ」と同じです。
そして、車に戻らないでください。荷物を取りに戻った数分で、水は次の段階に進みます。水が引いたあとも、エンジンをかけてはいけません。JAFは破損と感電の危険があるとして、はっきり止めています。その先の話は、次の記事「水没した車のその後」に分けました。
助けを呼ぶ時は119です。伝えるのは場所と人数だけでいい。合図の出し方は災害時のSOS・救助要請の記事にまとめています。
数字で見る|「今のうちに車で」が、いちばん危ない
内閣府が2019年の台風19号を検証した報告書に、こう書かれています。屋外で亡くなった50人のうち、車で移動中だった人が27人。半分以上です。その27人のうち23人、85%が水害でした。同じ年の10月25日の大雨では、屋外で亡くなった9人のうち7人が車で移動中で、全員が水害でした。
この数字は、「車で逃げるな」という意味ではありません。避難に車が要る地域はたくさんあります。意味は2つです。1つは、車で動くなら雨が強くなる前に。もう1つは、動き出してから水に出会ったら、引き返すか、車を捨てる。「せっかくここまで来たから」で進んだ先に、表の右側があります。
平時の備え3つ。お金がかかるのは1つだけ
1. 脱出用ハンマーを、座ったまま手が届く場所に
買う物はこれだけです。ポンチ型でも金槌型でも、JAFのテストでは3種類とも割れました。大事なのは置き場所です。グローブボックスやトランクは、水が入って暗くなった車内では開けられません。運転席のドアポケット、センターコンソールの中、シートの脇など、ベルトをしたまま手が届く位置に固定します。前席の横の窓が合わせガラスの車なら、後席から届く位置にも1本。
2. 通勤路のアンダーパスを、地図で1回見る
地方整備局の道路冠水注意箇所マップで、自分がいつも通る道に印があるかを見ます。あれば、雨の日に通らない別の道を1本決めて、家族にも伝えておきます。無料で、5分で終わります。
3. 「雨の日は乗らない」の線を、家族で決める
大雨警報が出たら乗らない。夜の冠水路には入らない。この2つを、車を使う家族全員の共通ルールにします。判断を毎回その場で考えないことが、いちばんの備えです。台風や大雨の季節全体の備えは、梅雨・台風シーズンの防災ガイドにまとめています。避難で車中泊を選ぶ時の注意は車中泊避難の記事にあります。
まとめ|早く降りる・窓は電気があるうちに・割るのは横の窓
水がドアの下に来たら、車を捨てて人だけ出る。エンジンが止まったら、ベルトを外し、窓を開け、降りる。ドアが開かないのは水圧の差で、窓から出るか、ハンマーで横の窓を割る。車内の物ではガラスは割れず、前の窓は割れない。外に出たら屋根に上り、車には戻らない。順番はこれだけです。
今日できることを1つだけ。駐車場で、運転席の窓の隅の刻印を見てください。「XI」か「L」があれば、その窓は割れません。それが分かったら、ハンマーを置く場所が決まります。車から出たあとの、修理・保険・廃車の順番は、水没した車のその後の記事に分けて書きました。
この記事の出典
- JAF ユーザーテスト「水没テスト」(2010年4月8日実施。増水時のセダン・転落時のミニバンの水位別データ)
- JAF ユーザーテスト「水深何cmまでドアは開くのか?」(2014年6月3日実施)
- JAF ユーザーテスト「水没時、何を使えば窓が割れるのか?」(2014年6月3日実施)
- JAF ユーザーテスト「冠水路走行テスト」(2010年4月8日実施。セダンとSUVの水深・速度別)
- JAF「台風・大雨時のクルマに関する注意点」、クルマ何でも質問箱(脱出の手順・ガラスの種類)
- 日産自動車 よくあるご質問「クルマが水没して車内に閉じ込められそうになった場合の対処方法」(合わせガラスの見分け方)
- 国土交通省「道路の冠水対策」(アンダーパス約3,700か所・2025年3月末時点)、各地方整備局「道路冠水注意箇所マップ」
- 内閣府「令和元年台風第19号等による災害からの避難に関するワーキンググループ」報告(2020年3月31日)
※この記事は2026年9月6日時点の公的資料と業界団体の実測をもとに書いています。車種によって数値は変わります。お住まいの地域の避難情報を優先してください。


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