夜、道路が川になって、家から出られない。電話は通じるけれど、助けはすぐには来ない。この記事は、その状態——水害で孤立した数時間から数日を、どう過ごせば命と体を守れるかを、最初の10分から水が引いたあとまで順番に書いたものです。
結論を先に言います。孤立したら「出ない・上へ行く・知らせる・水とトイレを守る」の4つだけです。ひざの高さの水は、大人でもほとんどの人が歩けません。無理に外へ出た人が流される一方で、家の2階で一晩やり過ごして助かった人は数えきれないほどいます。
私は防災士として、内閣府の避難情報ガイドライン、国土交通省の浸水深の資料、国立感染症研究所の水害後のリスク評価をもとに、この記事を書きました。数字はすべて公的資料の物です。読み終わる頃には、「うちが水に囲まれたら、まず何をして、何をしないか」が時間の順番で頭に入ります。
全体地図|孤立の時間は5つの段階で進む
| 段階 | 時間の目安 | やること |
|---|---|---|
| ⓪ 気づいた瞬間 | 最初の10分 | 外へ出ない。上へ。電気とガスを切る |
| ① 最初の1時間 | 〜60分 | 119か家族に「場所と人数」を知らせる。電池を守る |
| ② 夜と1日目 | 〜24時間 | 体を冷やさない。飲み水とトイレのルールを決める |
| ③ 2〜3日 | 〜72時間 | 助けが来る前提で、食べる・眠る・情報を取る |
| ④ 水が引いたあと | 数日〜 | 感染症と感電を防ぎながら片づける |
「今、自分はどの段階か」が分かるだけで、次にやることが1つに絞れます。順番に見ていきます。
段階⓪|気づいた瞬間にやる3つ。まず「出ない」
水が家の周りに来ていると気づいたとき、いちばん多い間違いが「今のうちに車で逃げよう」です。国土交通省の資料では、浸水の深さと人・車の関係がはっきり示されています。
| 水の深さ | 人 | 車 |
|---|---|---|
| 10〜30cm | 歩ける(ただし足元は見えない) | ブレーキが効きにくくなる |
| 30〜50cm | ひざ下。流れがあると危ない | エンジンが止まる。車から出る判断が必要 |
| 50cm以上 | ほとんどの人が避難困難(女性は50cm以上、男性は70cm以上で困難) | 車が浮く。パワーウィンドウの車は閉じ込められる |
ひざ(50cm)の高さで「ほとんどの人が避難困難」。これが公的な数字です。しかも夜は水の深さが見えません。道路の水は茶色く濁っていて、その下にふたの外れたマンホールや側溝があります。くるぶしより上の水が動いているなら、外に出ない。これが段階⓪の1つめです。
2つめは、家の中で上へ行くこと。内閣府の避難情報ガイドラインでは、これを「屋内安全確保」と呼びます。上の階へ移動する、または上の階にとどまる行動です。警戒レベル5「緊急安全確保」が出ている状況は「命の危険が極めて高い」段階で、ガイドラインでも「近隣の建物の上階へ移動」「崖から離れた部屋に移動」が挙げられています。つまり、この段階で正解は「避難所へ走る」ではなく「今いる場所で、少しでも安全な高さと部屋を選ぶ」です。
3つめは、電気とガスを切ることです。ブレーカーを落とし、ガスの元栓を閉めてから上へ行きます。浸水した1階でコンセントや家電が水に浸かると、感電と火災の原因になります。これは水が引いたあとの安全にもつながります(段階④で詳しく書きます)。
上へ行くときに持つ物は4つだけ。スマホと充電器、飲み水、ライト、そして家族の薬です。取りに戻れない前提で、両手が空くリュックかレジ袋にまとめて上がってください。
段階①|最初の1時間。「どこに・何人・けがは」を知らせる
2階に上がったら、次は「自分たちがここにいる」と外に知らせることです。順番があります。
まず119。伝えるのは4つだけ
命の危険があるなら119です。電話がつながったら、住所、目印(近くの店・学校・電柱の番号)、人数、けが人や動けない人の有無。この4つを先に言います。「水が来ていて怖い」という気持ちより先に、場所と人数です。救助は、場所が分かって初めて動けます。
つながらないときは、しばらく間をあけてかけ直します。大きな水害では119が集中して、つながるまで時間がかかることがあります。その間に、次の「見える合図」を用意しておきます。
見える合図を、窓と屋根に
合図は、家の中で振っても外からは見えません。ベランダに出る、窓から上半身を出す、安全に上がれるなら屋根に上がる——外から見える場所で、目立つ色の布を大きく振り続けることが要ります。ヘリコプターやボートから見えるのは「動く物」と「色」です。昼はオレンジや赤の布・服・傘、夜はライトかスマホの画面を外に向けて振ります。振り続けるのは疲れるので、家族で交代してください。合図の詳しい作り方は、災害時のSOS・救助要請の記事に、ホイッスルの吹き方までまとめてあります。
屋根に上がるときは、濡れた屋根は滑ること、上がったあとに戻れなくなることを覚えておいてください。ベランダや窓から体を出した合図が届く高さのうちは、そこで振り続けるほうが安全です。水が2階に迫ってきたら、屋根へ上がります。
家族への連絡は171か伝言板で
家族に「無事、2階にいる」と伝えるのは、電話ではなく災害用伝言ダイヤル171か、Web171を使います。電話回線を救助の連絡に空けるためです。使い方は171の使い方の記事にあります。SNSで救助を求めるときは、住所と写真を付け、救助されたら投稿を消す。これが基本の作法です。
スマホの電池は「連絡のため」に残す
孤立した家で、いちばん先になくなるのがスマホの電池です。停電していれば充電はできません。やることは3つです。画面の明るさを最低にする。使わないときは機内モードにして、決めた時間(たとえば毎時0分)だけ通信を戻す。家族に2台以上あるなら、1台は電源を切って「明日の連絡用」に温存する。
モバイルバッテリーが2階にあれば、この不安の半分は消えます。停電の夜に効く選び方は防災用モバイルバッテリーの記事にまとめました。まだ持っていない方は、この記事を読み終えたあとの「次の一手」にしてください。
段階②|夜と1日目。水とトイレのルールを決める
飲み水:浸水した水は絶対に飲まない
家の周りの水は、下水と泥と燃料が混ざった水です。煮沸しても飲料には向きません。飲めるのは、ペットボトルの水、断水前に汲んだ水、給湯器のタンクの水(取り出し方は機種の説明書に従う)です。飲み水と、手や物を洗う水を最初に分けてください。「飲む水は1日1人1リットルまで」のように、家族で決めると持ちます。
水の備えの考え方と、断水の日に最初にやることは断水したら最初の10分の記事に書きました。孤立の夜も、この順番と同じです。
トイレ:流さない。携帯トイレを2階で使う
浸水中は、トイレを流してはいけません。下水が満水になっていて、流した水が逆流して1階に噴き出すことがあります。排水口から水が上がってくるなら、ビニール袋に水を入れた「水のう」を便器や排水口の上に置いて押さえます。
用を足すのは、携帯トイレです。便器に袋をかぶせて使い、固めて、口を縛って2階のベランダ側に置いておく。使い方を一度も試していないと本番でつまずくので、携帯トイレの使い方の記事で手順を確認しておいてください。
体を冷やさない
水に濡れた服は、季節を問わず脱いでください。濡れた服は体温を奪い続けます。乾いた服がなければ、毛布や段ボール、新聞紙を体に巻くだけでも違います。夏でも、雨と風で体温は下がります。眠るときは家族で寄り添って、床から体を離してください。
段階③|2〜3日。助けが来る前提で、待ち方を決める
大きな水害では、道路の復旧やボートの手配に時間がかかり、孤立が2〜3日に及ぶことがあります。ここで大事なのは「待ち方」です。
食べ物は、冷蔵庫の中身から先に食べます。停電した冷蔵庫は、開けなければ冷蔵室で4〜6時間、冷凍室(食品が詰まった状態)で24〜48時間は冷たさが保てます。順番と食べ方は停電したら冷蔵庫の食材はどうするかの記事に書きました。火が使えないなら、火を使わずに食べられる物だけを、家族の人数で割って1日分ずつに分けます。
情報は、ラジオとスマホの気象庁のページ(キキクル・雨雲の動き)で取ります。テレビが見られなくても、ラジオは電池で動きます。アプリの選び方は防災アプリの記事を。水が引く時間の見通しが分かるだけで、家族の不安はかなり減ります。
そして、日中は必ず窓から外を見て、ボートやヘリの音に合図を出せるようにしておきます。救助は「見つけてもらう」ことから始まります。
段階④|水が引いたあと。感染症と感電を防ぐ
水が引いても、危険は終わりません。国立感染症研究所は、水害のあとに注意すべき感染症として、急性胃腸炎、レプトスピラ症、破傷風、呼吸器の感染症、レジオネラ症などを挙げています。泥水の中に、動物の尿や下水が混ざっているからです。
片づけの装備は「手袋・長靴・マスク」
厚生労働省と各県の案内では、浸水した家の片づけは、まず窓と戸を開けて換気し、泥を取り除いてから乾かす。作業中は手袋、ゴム長靴、マスクを着ける。これが基本です。素手で泥をさわらない。泥のついた手で顔をさわらない。作業のあとは石けんで手を洗い、水が使えなければアルコールの手指消毒を使います。
泥の中のガラスや釘で切ったときは、傷を流水で洗い、深い傷や汚れた傷は医師に相談してください。破傷風は、汚れた傷口から菌が入って起こります。「大した傷じゃない」で済ませないでください。
電気は、業者か電力会社の確認を待つ
段階⓪でブレーカーを落とした理由がここです。浸水したコンセント、延長コード、家電は、乾いたように見えても中に水と泥が残っています。自分の判断でブレーカーを戻すと、通電したときに火災や感電が起きます。浸水した1階の電気は、電気工事店か電力会社に見てもらってから使ってください。
写真を撮ってから片づける
片づけを始める前に、家の外と中、浸水の高さが分かる場所を写真に撮っておきます。あとで「り災証明書」を取るときに必要になります。その先の手続きと生活再建の流れは、災害のあと生活が戻るまでの記事に時系列で書いてあります。家に住めない状態なら、親戚宅やホテルへの避難という選択肢も、早めに考えてください。
孤立を「短く・軽く」する平時の備え
この記事の内容を、孤立してから初めて読むのは大変です。平時にやっておくと、孤立の数日が軽くなる備えを5つに絞ります。
- ハザードマップで、自宅の「想定浸水深」を見る。0.5m〜3mなら1階は使えない前提、3m以上なら2階も危ないので、早めの立退き避難が要ります
- 2階に「孤立セット」を1つ置く。飲み水(1人1日3L×3日が目安)、携帯トイレ(1人1日5〜7回×3日)、ライト、モバイルバッテリー、ラジオ、家族の薬。1階から運び上げる時間は、たいてい足りません
- 車は、大雨の前に高い所へ移す。浸水してから動かすのは、上の表のとおり危険です
- 近所と連絡手段を決めておく。孤立した家同士で「あの家は2階にいる」と分かるだけで、救助の優先順位が変わります。作り方は共助の作り方の記事に
- 警戒レベル3で動く人を決める。高齢の家族や小さな子がいる家は、レベル3「高齢者等避難」で立退き避難を始めれば、そもそも孤立しません
梅雨・台風の前にやる家の備えぜんたいは、梅雨・台風シーズンの防災ガイドにまとめてあります。
まとめ|孤立したら「出ない・上へ・知らせる・守る」
水に囲まれたら、外へ出ない。家の中で上へ行き、ブレーカーとガスを切る。119か合図で「場所と人数」を知らせ、スマホの電池を連絡のために残す。飲み水と携帯トイレのルールを家族で決めて、体を冷やさずに待つ。水が引いたら、手袋・長靴・マスクで片づけ、電気は確認を待つ。順番はこれだけです。
今日できることを1つだけ。ハザードマップで自宅の浸水深を確認して、2階に飲み水を1ケース上げてください。それだけで、孤立の最初の一晩が変わります。携帯トイレがまだない方は、非常用トイレの記事から、家族の人数分をそろえるところまでどうぞ。
この記事の出典
- 内閣府「避難情報に関するガイドライン」(警戒レベル・立退き避難・屋内安全確保・緊急安全確保の定義)
- 国土交通省「川の防災情報」浸水深と人・車・建物の関係
- 国立感染症研究所「水害後の感染症リスクアセスメント」(九州北部豪雨)
- 厚生労働省「災害時の感染症対策」、宮城県「浸水した家屋の感染症対策」
※この記事は2026年9月3日時点の公的資料をもとに書いています。お住まいの自治体の避難情報とハザードマップを優先してください。

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