避難所に着いた。水道は止まっている。トイレのあとに手を洗いたいが、置いてあるのはバケツに汲んだ水と、みんなで使うタオル。この記事は、水が少ない・無い避難所や断水した家で、手をどう洗えば感染症を防げるかを、厚生労働省・内閣府・日本環境感染学会の一次資料と、熊本地震の避難所で実際に起きた流行の記録にそって書いたものです。
結論を先に言います。水があるなら石けんと流水で20〜30秒。水が無いならアルコールを指先から乾くまで。ただし、ノロウイルスにアルコールは効きません。汲み置きのバケツに手を入れない。タオルを共用しない。食事の前とトイレの後だけは、必ず洗う。この5つで、避難所の感染症の入口はほぼ塞げます。
私は防災士として、厚労省の手洗いの実測データとノロウイルスQ&A、内閣府の避難所トイレガイドライン、日本環境感染学会の災害時感染制御支援チーム(DICT)の避難所マニュアル、熊本地震の避難所の感染症の論文をもとにこの記事を書きました。数字はすべて公的資料と学会の物です。読み終わる頃には、「今ある水で、どう洗うか」がその場で決まります。
全体地図|ある水の量で、やることが決まる
| いまの状況 | やること |
|---|---|
| 水道か給水の水がある | 石けんと流水で20〜30秒。トイレ後と食事前は2回洗う |
| 汲み置きの水しかない | バケツに手を入れない。人に注いでもらうか、ペットボトルの簡易蛇口で流す |
| 水が無い | アルコールを多めに取り、指先から乾くまですり込む。目に見える汚れは拭き取ってから |
| 下痢や嘔吐の人がいる | アルコールに頼らず、少ない水でも石けんで洗う。トイレとタオルを分ける |

上の行ほど効きます。水が少なくなるほど、代わりの手が「効き目の弱い順」に下りていくだけで、順番は変わりません。順番に見ていきます。
数字で見る|石けんで10秒、すすいで15秒。それを2回
手洗いの効き目は、厚労省が実測データを公開しています。手に付いたウイルスを100万個とすると、流水で15秒洗うだけで約1万個(100分の1)。石けんで10秒もみ洗いして流水で15秒すすぐと数百個(1万分の1)。それを2回繰り返すと数個(100万分の1)になります。石けんで60秒もみ続けるより、10秒を2回のほうが減ります。
| 洗い方 | 残るウイルス |
|---|---|
| 洗わない | 約100万個 |
| 流水で15秒 | 約1万個 |
| 石けん10秒+流水15秒 | 数百個 |
| 石けん60秒+流水15秒 | 数十個 |
| 石けん10秒+流水15秒を2回 | 数個 |

なぜ2回かというと、ノロウイルスは10〜100個ほどでも発症することがあるからです。1回で数百個残るなら、まだ足ります。トイレの後と食事の前は、2回洗う。それが避難所での基準です。
洗い残す場所は決まっている
日本環境感染学会の手順は10段階で、全体を20〜30秒かけます。手のひら、手の甲、指の間、親指のまわり、指先と爪、手首。太字の4か所が洗い残しやすい場所です。手のひらだけこすって終わる洗い方は、この4か所をそのまま残します。
水が少ない|バケツに手を入れない。注いでもらう

断水した避難所でいちばん多い形が、バケツに汲み置いた水です。厚労省は避難所向けのポスターで、やむを得ず汲み置きの水を使う場合は直接バケツの中の水で手を洗わないと明記しています。前の人の手に付いたウイルスが水に移り、次の人の手に付くからです。バケツは「流す水の元」で、「手を入れる洗面器」ではありません。
やり方は2つです。1つは、誰かにひしゃくやコップで手に注いでもらう。もう1つは、ペットボトルで簡易の蛇口を作る。警視庁の災害対策課が公式に紹介している方法で、ペットボトルに小さな穴を開けてキャップを緩めると、細く水が出ます。穴の大きさの公的な数字は無いので、爪楊枝くらいの穴から試して、細く長く出る所を探してください。
水の量の目安は、国際基準(スフィア基準)で手洗い用に1人1日1〜2リットルです。飲む水と別に、この分を確保します。徳島県の避難所マニュアルにあるとおり、賞味期限が切れた備蓄の飲料水は、捨てずに手洗い用に回します。水の全体の備え方は断水と水の備えまとめにあります。
水が無い|アルコールは指先から、乾くまで
流水が無い時の代わりが、アルコールの手指消毒薬です。濃度は70〜95%が基準で、手に入らない時は60%台でも差し支えないと厚労省が示しています。すり込み方は学会の手順で8段階、全体で20〜30秒。最初に両手の指先にすり込み、手のひら、手の甲、指の間、親指、手首の順で、乾くまでこすります。量は容器に書かれた規定量で、途中で乾いてしまうなら足りていません。
厚労省の避難所向けチラシには、水が出ない時はアルコール消毒剤を多めに手に取り、手拭き用の紙で拭き取る、とあります。目に見える汚れが付いている時は、アルコールもウェットティッシュも効きません。公的資料は「拭く」を一貫して代わりの下位に置いていて、汚れが見える時は生活用水でもいいので石けんで洗うよう求めています。
ノロウイルスにアルコールは効かない
ここが、この記事でいちばん覚えてほしい一点です。日本環境感染学会の避難所ポスターは、「ノロウイルスにアルコールは効きません」と言い切っています。厚労省も、消毒用エタノールによる手指消毒は石けんと流水の手洗いの代用にはならず、あくまで補助として使うようにと書いています。避難所で下痢や嘔吐の人が出たら、アルコールで済ませず、少ない水でも石けんで洗う。これが順番です。
熊本地震の避難所で、実際に起きたことがあります。本震の5日目に集中豪雨があり、その日を境に感染性胃腸炎の患者が急増しました。翌日には1つの避難所で12人。30日間で64人が受診し、避難者1,000人あたり1日5.8人の割合でした。論文が挙げた背景は、断水で手洗いが汲み置きの水に頼っていたこと、余震が続いて屋内でも土足の人が多く、トイレから寝る場所へウイルスが持ち込まれやすかったことです。実施した対策は、土足厳禁、居住空間の清掃、次亜塩素酸によるトイレの清掃、手指衛生の徹底、症状のある人の別室保護でした。
下痢や嘔吐の人が出たら、4つ
学会の4つのポイントをそのまま書きます。その人のトイレ・洗面台・タオルを共用せず分ける。アルコールではなく石けんで洗う。汚物や吐いた物を素手で触らず、足で踏まない。食事の前とトイレの後は念入りに洗う。トイレの便座・レバー・ドアノブ・水栓は、塩素系漂白剤を薄めた液(0.02%、市販のスプレー式なら薄めずに使え、24時間以内に使い切る)で拭きます。汚物の処理のあとは、必ず手を洗います。
いつ洗うか|食事の前とトイレの後は「徹底」
学会の避難所マニュアルが「徹底する」と書いているのは、食事の前とトイレの後の2つです。そのほかに、おむつを替えた後、トイレ掃除の後、手袋を外した後、体調の悪い人に触れた後、吐いた物や下痢便を処理した後、調理と盛り付けの前。全部を毎回は無理でも、食事の前とトイレの後の2つだけは、水があってもなくても必ず。避難所の入口とトイレにアルコールを置くのは、この2つの場面を逃さないためです。
食べ方にも公的な注意があります。袋入りの食べ物は手でちぎらず、袋から直接食べる。おにぎりを握る時は使い捨て手袋かラップを使う。手が洗えない時ほど、手と食べ物を直接触れさせない工夫が効きます。
共用をやめる|タオル・履物・洗面台
洗ったあとの拭き方で、手洗いは台無しになります。学会は、タオルの共用をせずペーパータオルを使い、無ければ個人のタオルを使うとしています。厚労省のポスターは、手洗い場とトイレをなるべく近くに置くこと(離れていると洗われない)、寝る場所は土足厳禁にすること(トイレで汚れた履物が感染を運ぶ)を挙げています。熊本の対策でも、土足厳禁が最初に出てきます。
家族単位でできることは3つです。自分のタオルを持つ。トイレの内と外で履物を分ける。手を拭く紙を、人数分の袋に分けて持つ。避難所全体の運営の中でこれを言い出す人がいると、避難所の感染症は減ります。避難所生活の全体像は避難所での生活サバイバル術の記事にまとめています。
口も洗う|水が無い時の歯みがきと、誤嚥性肺炎

手の次に守るのが口です。阪神・淡路大震災の震災関連死は、肺炎が最も多く24%(223人)。関連死の81.3%は65歳以上で、高齢者の肺炎の60〜80%は誤嚥性肺炎とされます。口の中の汚れが肺に入って起きる肺炎で、水が極端に足りず口の清掃ができなかったことが背景に挙げられています。
厚労省の指針はこうです。できるだけ歯をみがく。みがけない時は、少量の水で「ぷくぷくうがい」をする。支援物資の菓子パンやお菓子は、食べる時間を決めて、だらだら食べない。歯科の学会は、水が少ない時の代わりとしてノンアルコールの洗口液と、吐き出す場所が要らないシート状の口腔ケア用品を挙げています。アルコール入りの洗口液は口の中を乾かすので避けます。
体と衣類|少ない水で回す順番
体を拭く、髪を洗う、下着を替える、の優先順位と方法は災害時のお風呂・衛生管理ガイドに分けて書いています。手洗いの記事として1つだけ足すと、学会の避難所マニュアルには洗面器2つで衣類を洗う方法があり、汚れの少ない物から順に、水を一方通行で使います。手洗いの水と同じ考え方で、きれいな水を汚れた物に触れさせない順番です。
平時の備え|石けん・アルコール・紙・手袋・漂白剤
内閣府の避難所トイレガイドラインが優先品として挙げているのは、手洗い用の水と石けん(水がある場合)、ウェットティッシュと手指消毒用アルコール(水が無い場合)、ペーパータオル、使い捨てのゴム手袋、マスク、消毒液を作るためのキッチン用の塩素系漂白剤です。家の防災袋にこの品目を1つずつ入れれば、この記事の全部ができます。量の公的な目安は無いので、家族が3日使う分を自分で数えます。
水は、飲む分と別に手洗いの分を数えます。1人1日1〜2リットルが手洗いの目安なので、4人家族3日なら12〜24リットル。期限切れの飲料水を捨てずに回せば、この分は買い足さずに済みます。水の本数の数え方は防災の水は何本必要かの記事にあります。トイレの側の備えは非常用トイレが無い場所で用を足す記事と携帯トイレの使い方の記事、避難所のトイレ全体は災害時のトイレ問題ガイドにまとめています。
まとめ|石けんと流水、無ければアルコール、ノロには石けん
水があるなら石けんで10秒、流水で15秒、トイレ後と食事前は2回。汲み置きの水には手を入れず、注いでもらうかペットボトルの蛇口で流す。水が無ければアルコールを指先から乾くまで。目に見える汚れは拭くでは足りない。ノロウイルスにアルコールは効かず、下痢や嘔吐の人が出たら石けんで洗い、トイレとタオルを分ける。タオルは共用せず、寝る場所は土足厳禁。口は、ぷくぷくうがいでも守れる。順番はこれだけです。
今日できることを1つだけ。今夜、手を洗う時に指の間・親指・指先・手首の4か所を意識して、20〜30秒かけてみてください。避難所で同じ手が動くかどうかは、今日の1回で決まります。
この記事の出典
- 厚生労働省「ノロウイルスによる食中毒の現状と対策について」(手洗いの時間・回数による効果。森功次ほか、感染症学雑誌 2006年)、「新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について」、「ノロウイルスに関するQ&A」(2021年11月改定)
- 厚生労働省「避難所内のトイレの衛生管理について」(2018年7月)、「皆様へのお願い 感染症予防のために」(2016年4月)、「避難所生活を過ごされる方々の健康管理に関するガイドライン」(2011年7月)
- 日本環境感染学会 災害時感染制御支援チーム(DICT)「避難所における感染対策マニュアル Ver.1.2」(2024年2月)、「石けんと流水による手洗い方法」「アルコールによる手指の消毒方法」「ノロウイルス! 予防のための4つのポイント」(2024年4月)
- 内閣府「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」(2024年12月改定)、避難所の確保と質の向上に関する検討会WG資料「スフィア・プロジェクト抜粋」(2016年2月)
- 後藤健一・岡本文雄「熊本地震避難所における感染性胃腸炎流行と感染対策」感染症学雑誌 91巻5号(2017年)
- 地域歯科保健研究会「大規模災害時の口腔ケアに関する報告集」(2015年更新。内閣府 阪神・淡路大震災教訓情報資料集を引用)
- 警視庁 災害対策課「ペットボトルで作る簡易蛇口」(2018年12月)、消費者庁 子ども安全メール Vol.578(2022年1月)、徳島県「避難所快適トイレ・実践マニュアル」(2022年6月)
※この記事は2026年9月6日時点の公的資料と学会資料をもとに書いています。避難所では、その施設の運営者と保健師の指示を優先してください。

