地下街で買い物をしている。地下鉄のホームで電車を待っている。地下の駐車場に車を置いてきた。そのあいだに外で大雨が降っていても、地下では雨の音も、道路の水も見えません。この記事は、地下にいる時に水害が迫ったら、どの合図で、どこへ、どう上がればいいかを、国土交通省と研究機関の一次資料と、過去の死亡事例にそって順番に書いたものです。
結論を先に言います。地下では雨が見えない。警報が出たら、水が来る前に階段で上へ。地上の水深が30cmでも、地下1階の階段はもう上れません。エレベーターは使わない。逃げる先は「地上」とは限らず、つながっているビルの上の階でいい。順番を知っていれば、判断は「今、上がるか」の1つだけです。
私は防災士として、国土交通省の地下街・地下鉄等ワーキンググループのとりまとめ、土木研究所の実物大階段の実験、大阪市の地下空間浸水対策ガイドライン、内閣府が記録している1999年の福岡と東京の事例をもとに、この記事を書きました。数字はすべて公的資料の物です。読み終わる頃には、いつも使う地下で「どの合図で、どの階段から上がるか」が決まります。
全体地図|場所ごとに、水の入口と逃げる先が違う
| いる場所 | 水の入口 | 上がる合図 | 逃げる先 |
|---|---|---|---|
| 地下街・地下の店 | 地上の出入口、換気口、接続ビルの1階 | 大雨警報・館内放送・スマホの緊急速報 | 接続ビルの上の階(地上に出なくてよい) |
| 地下鉄の駅・車内 | 駅の出入口、トンネル | 駅員の案内・運転見合わせ | 駅員の指示で地上か、駅ビルの上へ |
| 地下駐車場 | 車の出入口のスロープ | 大雨警報が出た時点 | 車を置いて、人だけ階段で上へ |
| 地下室・半地下の住宅 | 道路からの流れ込み、排水管の逆流 | 道路に水が見え始めた時 | 家の上の階。様子を見に下りない |
どの場所でも、共通するのは「浸水が始まってから逃げるのでは遅い」という一点です。理由から見ていきます。
なぜ地下は危ないのか。国が挙げる3つの理由
国土交通省のワーキンググループは、地下の浸水が地上と違う点を3つに整理しています。
1つ目は、地上の様子が分からないこと。地下は地上と隔てられているので、雨がどれだけ降っているか、道路がどうなっているかの情報が入りにくく、逃げ始めるのが遅れます。2つ目は、逃げ道が限られること。地下からの避難は地上への階段か接続ビルの上の階に限られ、その階段は水が流れ込んでくる道でもあります。国交省は、流れ込む水に逆らって階段を上るのは困難だと書いています。3つ目は、時間の猶予がないこと。地下は閉じた空間なので、水が入り始めると地上より速く満たされます。ある水深を超えると水圧でドアが開かなくなり、電気設備が止まって照明が消えます。

この3つを一言にすると、「気づいた時には、出口が使えなくなっている」です。だから地下の避難は、水を見てから動くのではなく、合図で動きます。
1999年6月29日、福岡。雨がやんだあとに亡くなった
この記事でいちばん覚えてほしい事例です。1999年6月29日の朝、福岡市の博多駅周辺で、午前7時43分からの1時間に79.5mmの雨が降りました。福岡で6月の1時間雨量としては観測史上最多の記録です。市の下水道は1時間52mmの雨を想定して作られていて、能力をはるかに超えました。
雨は午前9時過ぎに小降りになり、10時頃には道路の水が引き始めました。ところがその後、御笠川があふれたのです。ビルの地下1階にある飲食店では、女性の店員が「逃げられないかも知れない」と電話した直後に悲鳴が聞こえ、連絡が途絶えました。亡くなったとされる10時30分頃、雨はすでに小降りでした。
近くのホテルが入るビルは、ふだんから出入口に約200個の土のうを積んでいましたが、川の水が一気に押し寄せて手の施しようがなく、浸水は約1時間半続き、地下3階まで完全に水没しました。地下3階の電気室に閉じ込められた管理会社の社員は、非常用のはしごで脱出しています。
ここから取り出せる教訓は2つです。雨がやんでも、川の水はあとから来る。そして、土のうを積んでいたビルでも止められなかった。地下にいる自分を守るのは、施設の止水板ではなく、自分が上がる判断です。
合図|地下では自分で情報を取る

地下にいる時、雨の強さは自分では分かりません。国交省も、地下では地上からの情報が入りにくいと書いています。だから合図は、外から来るものを自分で受け取ります。
スマホの緊急速報と、気象庁の「キキクル」です。キキクルは浸水の危険度を1km四方ごとに5段階の色で示し、10分ごとに更新されます。紫は警戒レベル4に相当し、この色になったら地下にいる理由はありません。大阪市の地下空間浸水対策ガイドラインでは、施設側は警戒レベル3で利用者に呼びかけ、警戒レベル4の避難指示で直ちに避難誘導を始めることになっています。館内放送が流れたら、買い物や食事の途中でも、その場で動きます。
合図を待つ前に、地下に入らない判断もあります。大雨警報が出ている日、線状降水帯の情報が出ている日は、地下街を通り抜けの道に使わない。それだけで、この記事の残りは要らなくなります。
段階①|上がる。エレベーターは使わない
合図が来たら、階段で上がります。エレベーターは使いません。1999年7月21日、東京都新宿区で、低い土地の住宅地が冠水した時のことです。自宅の地下室にエレベーターで様子を見に行った男性が、水没した地下室に閉じ込められて亡くなりました。地下室には外階段もありましたが、水圧でドアが開かず、エレベーターも濡れて動かなくなっていました。国交省のガイドラインにも、浸水時のエレベーター使用は危険だと明記されています。
この事例には、もう1つの教訓があります。様子を見に下りない。地下室や半地下に住んでいる方、地下に倉庫や店舗を持っている方は、水が来そうな時に「ちょっと見てくる」をしない。見に行った先で、ドアが開かなくなります。
逃げる先は「地上」とは限らない
ここは、一般の記事にあまり書かれていない点です。大阪市のガイドラインが施設に求めている避難先は、地上ではなく「接続ビルの浸水のおそれがない階」です。地下街は多くのビルとつながっています。大阪駅の周辺だけで、地下につながる地上の出入口が約150か所、接続ビルが54あります。地上の出入口に人が集まって渋滞し、外は水があふれている、という状況で、いちばん近いビルの階段で2階に上がるほうが早くて安全です。地下街にいる時は、「外に出る」ではなく「上に上がる」と覚えてください。
荷物と車は置いていきます。地下駐車場の車を取りに戻る判断は、この記事の中でいちばん取り返しがつきません。車がその後どうなるかは、水没した車のその後の記事に書きました。保険と手続きで戻せる物は多いですが、人は戻せません。
段階②|階段に水が流れてきたら。地上30cmで、もう上れない
階段から水が流れ落ちてきた時、それを上れるかどうかは実験で分かっています。建設省土木研究所(現在の土木研究所)が実物大の階段に水を流して人が歩く実験をした結果、地上の水深が30cmの場合、落差3.5m、つまり地下1階分の階段は「上ることが困難かつ危険」になりました。

地上の30cmは、大人のふくらはぎの半分です。地上ではまだ歩ける水深で、地下1階への階段は滝になります。落差が大きい地下2階、3階の階段は、それより浅い水でも同じ状態になります。「地上の人がまだ歩いているから大丈夫」は、地下では成り立ちません。
水が流れ込んでいる階段は上ろうとせず、別の出口へ向かいます。接続ビルの階段、反対側の出入口、駅なら別の改札。地下街や地下駅は水防法にもとづく避難確保計画で複数の経路を決めているので、案内表示と館内放送に従います。手すりのある側を歩き、片手は空けておきます。
段階③|ドアが開かない・照明が消える
水が地下に入り始めると、2つのことが続けて起きます。1つは、ドアが開かなくなること。国交省のガイドラインは、浸水が始まると扉はすぐに開かなくなると書いています。何cmで開かなくなるかの公的な数値は見つかりませんでしたが、車のドアと同じで、外の水が内側より高いあいだ、水圧がドアを押さえます。閉め切った部屋、トイレ、個室にいる時間を短くし、ドアは開けておきます。
もう1つは、停電です。地下の電気設備は多くが地下にあり、浸水と一緒に止まります。国交省の地下街のガイドラインには、地下街は一度停電になれば昼間であっても採光が困難だとあります。真っ暗な中で水が流れる音だけが聞こえる、という状況です。スマホのライトを点け、壁の避難誘導灯を目印にします。地上へ向かう階段の位置を、明るいうちに見ておくのはこのためです。
逃げ遅れたら|上へ。流れ込む階段を上ろうとしない
水が来てしまった時にできることは、公的資料で言える範囲では3つです。1つ、とにかく上へ。地上でなくても、上の階、上の段でいい。国交省のガイドラインは、浸水が進んだ段階の対策として、上の階への避難ハッチなどの緊急脱出の設備と、地上への緊急通報の体制を挙げています。福岡の地下3階から非常用のはしごで脱出した社員は、これに当たります。2つ、水が流れ込んでいる階段を上ろうとしない。実験が示すとおり、上れずに流されます。3つ、119へ。地下にいること、何階か、何人かを伝えます。通報の仕方は災害時のSOS・救助要請の記事にまとめています。
場所別の注意|地下鉄・地下駐車場・半地下の家
地下鉄
駅と車内では、駅員と乗務員の案内に従います。地下鉄各社は出入口の止水板やトンネルの防水ゲートを整備していて、大雨では運転を見合わせて乗客を地上へ誘導します。自分で判断する場面は、駅に着く前です。大雨警報の日に、地下鉄を「雨に濡れないから」と選ばない。地上を走る路線か、動かない選択を先に考えます。
地下駐車場
車の出入口はスロープで、道路の水がそのまま流れ込む形です。大阪市のガイドラインも、止水対策が十分でない箇所から水が入る危険を挙げています。2025年9月には三重県四日市市の地下駐車場で、止水板の故障もあって274台が水没したと報じられました。人の被害はありませんでしたが、車は全部沈みました。大雨警報が出た日は、地下駐車場に車を入れない。すでに入れてあるなら、警報の段階で人だけ上がり、車は置きます。車が沈んだあとの保険と手続きは、上に書いた記事のとおりです。
地下室・半地下の住宅
東京都下水道局は、地下室・半地下の家に向けて、道路からの流れ込みと排水管からの逆流に注意し、水の圧力で地下部のドアは開きにくくなり危険だと呼びかけています。止水板や土のうは水を遅らせますが、福岡の200個の土のうが示すとおり、川の氾濫は止められません。半地下に寝室や子ども部屋がある家は、大雨の夜は上の階で寝る。地下に貴重品を置かない。そして、新宿の事例のとおり、水が来そうな時に様子を見に下りない。この3つです。
施設の備えを知る。ただし任せきりにしない
浸水想定区域にある地下街・地下駅・大きな地下駐車場は、水防法で避難確保・浸水防止計画を作る義務があります。国交省の集計(2026年3月末)では、市町村の防災計画に位置づけられた地下街等942のうち、計画を作ったのは858、計画にもとづく訓練まで実施したのは716です。約4分の1は、計画はあるが訓練はしていません。全国に79ある地下街の8割以上は開業から30年以上たっています。
施設の止水板や放送はありがたい備えです。同時に、自分が使う地下の出口をあらかじめ知っているかどうかは、施設ではなく自分の側の備えです。
平時の備え3つ。全部無料

1. いつも使う地下の出口を、2つ覚える
通勤や買い物で毎週通る地下街・地下駅で、地上への階段を1つと、接続ビルの上の階へ行く階段を1つ、場所を覚えます。片方が水の入口になった時、もう片方が出口です。次に通る時に、看板を見ながら歩けば終わります。
2. キキクルをスマホに入れる
気象庁のキキクル(浸水害)をブックマークするか、防災アプリの通知をオンにします。地下にいる時に自分で情報を取る手段は、これとスマホの緊急速報です。アプリの選び方は防災アプリの記事にまとめています。
3. 「大雨警報の日は地下に入らない」を家のルールにする
判断をその場で考えないことが、いちばんの備えです。警報の日は地下街を通り抜けに使わない、地下駐車場に入れない、半地下の部屋で寝ない。家族で共有しておきます。家全体が水に囲まれた時の過ごし方は水害で孤立したらの記事、車で走っている時に水に出会った時の順番は大雨で車が水に浸かったらの記事、マンションの地下設備が浸水して停電した時の備えはマンション住民の防災ガイドに書いています。
まとめ|合図で上がる・エレベーターは使わない・逃げる先は上の階
地下では雨が見えないので、スマホの速報とキキクル、館内放送を合図にして、水が来る前に階段で上がる。エレベーターは使わず、様子を見に下りない。逃げる先は地上でなくてよく、接続ビルの上の階でいい。地上の水深が30cmになったら、地下1階の階段はもう上れない。水が来たら、上へ、流れ込む階段は避けて、119。順番はこれだけです。
今日できることを1つだけ。いつも使う地下街か地下駅で、地上への階段と、ビルの上へ行く階段を1つずつ、場所を覚えてください。次に通る日に、看板を見ながら歩けば終わります。
この記事の出典
- 国土交通省 水災害に関する防災・減災対策本部「地下街・地下鉄等ワーキンググループ」最終とりまとめ(2015年8月26日)
- 国土交通省「地下空間における浸水対策ガイドライン」、「自衛水防(企業防災)について 地下空間の浸水対策」(地下街等の計画作成状況・2026年3月末現在)
- 国土交通省 都市局「地下街の安心避難対策ガイドライン(改訂版)」(2020年3月。全国79地下街)
- 建設省土木研究所「階段を通じた地下空間への氾濫水流入に関する実験」(土木技術資料 2001年2月)、国土技術政策総合研究所「地下空間における浸水対策の昨今の動向」
- 内閣府 防災情報のページ「浸水により起こる危険な事態の周知、啓発」(1999年 福岡市博多区・東京都新宿区の事例)
- 国土交通省「大都市の無防備な地下空間を襲った集中豪雨」(1999年6月29日 福岡市の記録)
- 大阪市地下空間浸水対策協議会「大阪市地下空間浸水対策ガイドライン」(2022年12月)
- 気象庁「浸水キキクル(大雨警報(浸水害)の危険度分布)」、東京都下水道局「地下室・半地下家屋の浸水対策のお願い」
- 四日市市の地下駐車場冠水(2025年9月12日)は報道による
※この記事は2026年9月6日時点の公的資料をもとに書いています。地下施設ごとの避難経路は、その施設の案内表示と館内放送を優先してください。


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