旅先のホテルで、駅のホームで、観光地の石段の途中で、大きく揺れた。地元なら体が覚えている「どこへ行くか」が、知らない街では出てきません。この記事は、旅行中に地震にあった人が最初の1時間に何をするかを、時間の順番に書いたものです。街ごとの避難場所と動き方は、この記事につながる街のシリーズで1本ずつ書いていきます。
結論を先に言います。最初の3分は身を守る。海が見える街なら次の30分で高台へ。それが済んだら、動かずに待つ。国のガイドラインは旅行者を「行き場のない帰宅困難者」と名指しして、大きな駅や観光施設に受け入れの役割を求めています。鉄道は3日止まる前提で制度が組まれているので、その日に帰る計画は最初から捨てます。そして、行く前に地図アプリで避難場所を1つ保存しておけば、この記事の半分は済んでいます。
私は防災士として、内閣府の帰宅困難者対策ガイドライン(2026年1月改定)、国の南海トラフと首都直下の想定、10都市の自治体の地域防災計画と観光客向け防災資料、国土地理院の指定緊急避難場所データを読んでこの記事を書きました。読み終わる頃には、次の旅の前に1分でやることが決まります。
全体地図|最初の1時間を4つの時間に分ける
| 時間 | やること | 見るもの |
|---|---|---|
| 0〜3分 | その場で身を守る。動かない | 頭の上と足元 |
| 3〜30分 | 海や川が近いなら高台へ歩く。近くないなら建物の中で待つ | 海抜の表示・津波避難ビルの標識・施設の放送 |
| 30分〜1時間 | 駅に向かわない。いる施設の案内に従う | 施設の係員・自治体の防災アプリ |
| 1時間〜3日 | 一時滞在施設か宿で待つ。家族に無事を伝える | 一時滞在施設の開設情報・171 |

順番が大事です。内閣府のガイドラインは、帰宅困難者の話を始める前に「まず自らの命を守る行動をとることが最優先」「沿岸部等で津波発生の可能性がある場合には、迅速に高台等へ避難することが必要」と置いています。帰ることを考えるのは、その2つの後です。
0〜3分|知らない建物の中では、出ないほうが安全なことが多い
揺れている間にやることは、地元でも旅先でも同じです。頭を守り、倒れてくる物と落ちてくる物から離れ、揺れが収まるまで動かない。旅先で違うのは、周りに何があるかを知らないことです。寺社の石灯籠や石垣、古い商店街の看板、駅の天井の板は、慣れた街なら無意識に避けている物です。知らない場所では、外へ飛び出すより、今いる建物の中で頭を守るほうが安全なことが多い。これは各地の自治体が繰り返し書いていることです。
エレベーターの中なら全部の階のボタンを押し、止まった階で降ります。地下街や地下鉄の中では、その施設の放送を待ちます。札幌市は一時滞在施設20か所のうち9か所を地下街や地下の施設にしていて、福岡市も天神と博多駅の地下街を受け入れ側に置いています。地下は「逃げ出す場所」ではなく「受け入れる場所」として使われる街があるということです。地下街の扱いは街ごとに違うので、その施設の放送を待ち、街の記事で1つずつ確かめます。
3〜30分|海が見える街なら、高台へ歩く

揺れが収まったら、最初に決めるのは「ここは津波が来る場所か」です。海や大きな川が見える、港が近い、標高が低い。1つでも当てはまれば、揺れが収まった直後に高い所へ歩き始めます。放送や警報を待ちません。知らない街で高い所を見つける手がかりは3つです。海抜の表示板、津波避難ビルの標識、そして坂の上の方向。電柱や建物に貼られた「海抜○m」の表示は、多くの沿岸の街に付いています。
標高の差は街の中で大きく違います。名古屋駅の標高は2.2m、栄は12.7m。那覇は県庁前が3.0m、国際通りが8〜10m、首里城が128.6m。同じ市内でも、どこにいるかで動き方が変わります。那覇市はゆいレールの10駅を津波の一時避難ビルに指定していて、駅そのものが逃げ込む先になります。沖縄県の指針は避難を「原則として徒歩」と決めています。レンタカーで回る街でも、津波からは車で逃げません。
高台まで時間があるように見える街でも、油断できない事情があります。高松市は津波の到達まで約1時間半の避難時間があると想定していますが、同じ市の津波避難ビル一覧の備考には「夜間や休日などの場合は、開錠に1時間程度必要です」と書かれています。到達までの時間と、避難ビルに入れるまでの時間は別物です。津波が来ない内陸の街なら、この30分は建物の中で待つ時間になります。
30分〜1時間|駅に向かわない。旅行者は国の言葉で「行き場のない帰宅困難者」

命の危険が去ると、次に頭に浮かぶのは「帰れるか」です。ここで国のガイドラインが一番強く言っているのは、「むやみに移動を開始しない」の一言です。ガイドラインは、大都市で平日の昼に大きな地震が起きた場合、鉄道と地下鉄は「少なくとも3日間は運行の停止」を前提に組まれています。駅に人が集まっても電車は動かず、集まった人の群れそのものが危険になります。京都市は観光客向けの案内に「一斉に駅に向かうと大変危険です」と書いています。
同じガイドラインは、旅行者の立場をはっきり定義しています。「行き場のない帰宅困難者」。帰宅できるまで安全に待てる場所がない人のことで、例として「観光客、買い物客」が挙げられています。名指しされているのは悪いことではありません。国が「この人たちを受け入れる場所を用意せよ」と自治体と施設に求めている、ということです。大きな駅や集客施設には「自ら一時滞在施設になることが望ましい」、安全でない場合は利用者を一時滞在施設へ誘導すること、やさしい日本語と多言語で情報を出すことが書かれています。
だからこの時間にやることは1つです。いま自分がいる施設の係員の案内に従う。観光施設、百貨店、ホテル、駅ビルは、ガイドラインの上では受け入れる側です。東京都心の東京駅前や渋谷駅前は、都が「地区内残留地区」と決めていて、避難場所へ動かず建物の中で待つ地区です。札幌市も福岡市も、地下街を受け入れ側に位置づけています。「外へ出て避難所を探す」が正解の街と、「今いる場所で待つ」が正解の街があります。
1時間〜3日|一時滞在施設で待つ。ただし自分の分は自分で持つ
帰宅困難者を受け入れる場所は、正式には「一時滞在施設」と呼ばれます。ガイドラインの標準は発災後72時間、つまり3日間の運営。収容の目安は床面積3.3㎡あたり2人です。施設は水・食料・毛布を配り、可能な範囲でモバイルバッテリーや電源を提供することが望ましいとされています。施設が開くまでの間に待つ場所は「一時待機場所」と呼ばれ、公園や広場です。この2つは別物で、最初は公園で待ち、開設の案内が出たら施設に移ります。

ここに、旅行者が知っておくべき数字が2つあります。1つは備蓄です。ガイドラインは企業に3日分の備蓄を求めていますが、外から来る帰宅困難者の分は「例えば、10%程度の量を余分に備蓄する」と書かれています。旅行者の分として計算されているのは、1割の予備だけです。もう1つは公表のルールです。一時滞在施設の名称と所在地は原則公表ですが、民間施設が希望すれば「非公表とすることができる」。行く前に一時滞在施設を調べても、全部は分かりません。
この2つから、旅行者の備えの形が決まります。自分の水と電源と灯りは自分で持つ。そして、開いているかどうかが当日にならないと分からない一時滞在施設ではなく、公的に指定されている「指定緊急避難場所」を、行く前に1つ地図に保存しておく。国土地理院が全国の市区町村分を公開しているので、泊まる場所の住所から探せます。
コンビニやガソリンスタンドが「災害時帰宅支援ステーション」として水道水とトイレを提供する仕組みもありますが、動き出すのは「発災3日後目途」です。地震の当日にコンビニが助けてくれる前提で動くと、当てが外れます。
家族への連絡と薬|171は毎月1日と15日に練習できる
待つ場所が決まったら、家族に無事を伝えます。電話がつながりにくい時は、災害用伝言ダイヤル171に自宅の番号で録音します。毎月1日と15日は体験利用の日なので、旅の前に家族で1回かけておくと、当日に迷いません。かけ方は171の記事にまとめています。
持病の薬を旅先で切らした時は、保険証やマイナンバーカードが手元になくても、氏名と生年月日、加入している保険を口頭で伝えれば受診できる特例があります。災害救助法が適用された地域では、医療機関があなたの薬の記録を見られる仕組みも動きます。ただし記録に映るのは前の月までの薬で、市販薬とアレルギー歴は入っていません。だからお薬手帳は旅先にも持ちます。この線引きはマイナンバーカードと防災の記事に書きました。
帰る判断|動くのは運転再開の情報が出てから
3日という数字は目安で、郊外へ向かう路線は3日のうちに折り返し運転を始める見込み、とガイドラインは書いています。帰り始める合図は、自分の気持ちではなく、鉄道会社と自治体が出す運転再開の情報です。それまでは、宿の延泊か一時滞在施設で待つのが、自分にとっても街にとっても安全です。宿については、京都市がホテル・旅館124施設と帰宅困難者の受け入れで協定を結んでいるように、宿が受け入れ先になる街もあります。チェックアウトした後に地震が起きても、泊まっていた宿に戻って相談する価値はあります。
街ごとに逆になること|シリーズの入口
ここまでが全国共通の動き方です。ただ、10都市の資料を並べると、街ごとに正反対になる点がいくつもありました。地下街は札幌と福岡では受け入れ側。名古屋駅は標高2.2mで津波避難ビルの対象なのに、同じ市の栄は12.7mで対象外。東京駅前と渋谷は動かない地区、浅草は避難場所へ動く地区。広島の平和記念公園は地震と火事の避難場所で、津波の避難場所には指定されていない。松島町では震災当日に町にいた観光客1,200人が全員無事に帰路につき、その記録が町の復興計画に残っています。
この違いを1本の記事に押し込むと、どの街の人にも役に立たなくなります。だから街ごとに1本ずつ、駅前と観光地2か所の「揺れたらこう動く」を書いていきます。東京、大阪、京都、福岡、札幌、名古屋、仙台、広島、那覇、高松の順です。公開した街から、この記事の末尾に案内を足します。
持ち物|かばんに入る7点の考え方
3日間を施設の1割の予備に頼らないために、旅行のかばんに入れる物は7つで足ります。電源、灯り、トイレ、笛、体を包む物、水の入れ物、書類と薬の入れ物。合計で500g以内に収まります。1つだけ先に言うと、電源は最初に切れます。スマホは避難場所を探す道具でもあり、家族に無事を伝える道具でもあり、マイナポータルで薬の記録を見せる道具でもあります。モバイルバッテリーの選び方は防災用モバイルバッテリーの記事に、買ってはいけない型まで含めて書いています。7点の具体的な中身は旅行の防災ポーチの記事にまとめています。
まとめ|順番は、命、高台、動かない
最初の3分は身を守る。海が見える街なら次の30分で高台へ歩く。それが済んだら駅に向かわず、いる施設の案内に従う。旅行者は国の言葉で「行き場のない帰宅困難者」で、施設側に受け入れの役割があります。一時滞在施設は3日間が標準ですが、旅行者の分は1割の予備しか見込まれておらず、名前が非公表の施設もあります。だから水と電源と灯りは自分で持ち、避難場所は行く前に自分で決めます。
今日できることを1つだけ。次に泊まる場所の住所で、いちばん近い指定緊急避難場所を1つ、地図アプリに保存してください。1分で終わります。国土地理院の「指定緊急避難場所データ」か、その市のハザードマップで探せます。街の記事が公開されている都市なら、そこに駅前と観光地の分を書いてあります。
この記事の出典
- 内閣府(防災担当)『災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン』(2026年1月改定)、『一斉帰宅抑制後の帰宅行動指針』(2024年7月)
- 内閣府 首都直下地震対策検討ワーキンググループ報告書(2025年12月)、南海トラフ巨大地震の被害想定(2025年3月)と市町村一覧(2025年7月)
- 国土地理院「指定緊急避難場所データ」および標高API(標高の数値は2026年9月9日取得)
- 東京都帰宅困難者対策条例、京都市の観光客向け防災案内と帰宅困難者対策、札幌市・名古屋市・福岡市の帰宅困難者対策、高松市の津波避難ビル一覧と香川県地震・津波被害想定調査(2025年9月)、那覇市地域防災計画と沖縄県の津波避難指針、松島町復興計画、廿日市市・広島市の地域防災計画
※この記事は2026年9月9日時点の公的資料をもとに書いています。一時滞在施設の開設、避難場所の指定、鉄道の運転は、災害ごと・市町村ごとに変わります。現地では、その施設の係員と自治体の案内を優先してください。


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